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Roudoudou note

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母と双子の記録〜

カテゴリ:震災から想うこと( 6 )

以前、あいコープ主催の田中 優さんの講演会のyoutubeをリンクしましたが・・・
(まだご覧になっていない方は是非ご覧ください)

原発に頼らず自然エネルギーが広まる構図をつくる為のひとつの方法として送電線の国有化の話をされていました
そして、送電線の国有化を目指す署名運動が広まっています
原発のない世界を目指すひとりとして私も署名させていただきました
子供たちの未来が少しでも明るいものとなりますよう、ひとりでも多くの方に賛同しご署名いただきたいと思います
(7月4日が締切りですので、ひとりでも多くの方にお知らせいただきたくお願いします)
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by roudoudou | 2011-06-30 14:08 | 震災から想うこと
仙台では宅配専門の生協あいコープの組合員です。

今回つくづくあいコープの組合員でよかったと思います。

あいコープの食材を体が欲しています・・・鎌田醤油の味噌、卵、牛乳、豆腐・・・

いつか仙台に戻るけどあいコープがあるから少しは安心。

あいコープが田中 優さんを講師に講演会を開催しました。

「原発に頼らない社会へ」田中優さん講演会

ひとりでも多くのかたに聞いて欲しいです。

自分だけの力は小さく何もできないと感じるけど・・・

皆で力を合わせて未来のある子供たちを守って行きましょう。
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by roudoudou | 2011-06-14 11:39 | 震災から想うこと
1日何回ため息をつくだろう・・・      原発や最近の政府がらみのニュースでは数えられないな

1日何回涙を流すだろう・・・        朝おひさま観たら必ず泣くしな、ニュースで泣くしな、数えきれないな

こんなため息と涙の多い日々を送っています。


今朝の新聞に「テルル132」が3月12日に検出されていたと載っていた。

6月3日に発表されたらしいが、初めて聞くぞ!テルルという放射能物質名!

核燃料が損傷し1000度以上になり、外部に漏れた証拠だってよ~

次から次に小出し小出しに過去情報だしやがってよ~

3か月経つんだぞ~

ふざけんなよ~

1日に憤りを感じることが一番多いな、私。
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by roudoudou | 2011-06-10 11:25 | 震災から想うこと
子供たちを大阪に避難させ、私はとんぼ返りするつもりでいたが仙台は益々ガソリン事情が困難になっている状況だったこともあり、10日ほど大阪に滞在した。
いよいよ仕事も復帰せねばならず3月末今度は往路と同じ道のりをひとり(+犬)で運転し帰仙した。
自宅はまだガスが復旧されていなかった。
帰仙した翌日から6日間仕事をした。
その間は守る対象の子供がそばにいないことが不自然だし異和感があった。子供たちと離れるのは2週間ほど・・・長い人生のたった2週間だけと自分に言い聞かせ一生懸命仕事に没頭した。
今の自分に出来ること・・・目の前にある仕事に感謝し懸命にこなすこと。それしかなかった。
毎日家に帰るとPCと向き合い無意識で避難できる場所や方法を探し続けていたが、自主避難には壁があったし難しいなと感じていた。

7日目の久々の休日にまたもや決断をすることになろうとは・・・
しかも、一瞬で・・・

私は自分で言うのはおこがましいのだが、自己の行動力は自身が驚くほどで全くもって予想をはるかに超えるほどすごいと思う。なんか変な言い回しだが、要は、自分の行動に自分が一番驚いてるのではないだろうか?
人は多分そんな私を面白いと感じるかもしれないし、また私自身も自分の行動をどこか期待感を持って客観視しているところもある。
大体私の行動力はいつも突然湧き?降りる?的なものだから・・・そんな行動に関わらざるを得ない人たちは迷惑被りっぱなしで大変なのかもしれない・・・

あと数日で高速バスで子供たちが帰ってくる・・・
会えるのは嬉しいが、心から喜べない・・・帰っておいでとは言えない・・・仙台に戻していいのか・・・
でも私には仕事がある。1年越しでやっと就けた仕事である。辞めるなんてあり得ない。定年まで更新し続け働くと心に決めていた。収入もなくなる。辞めるなんてやっぱりあり得ない。
そう考えてるということは、ほとんど辞めようと決意していたのだろう。

休日1日目の夜には、PCに向かい大阪でのアパート探しをしていたし、翌日には転校手続きを始めていて、
その日の午後には職場を訪ね、なんと退職してしまった。
あ~あ・・・やっちゃった・・・
呆れる気持ち、個人としての感情、母としての感情、やっぱりまたもや様々な感情が湧き、何が正しくて何が間違っているのか・・・答えはすぐには出ないだろうけれど、母としてどうしたいか、どうすべきかを1番に考えて後から後悔しないだろう確率の高い方の決断をしたのだった。

子供たちは、大阪の小学校に始業式から通学している。
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by roudoudou | 2011-06-02 16:28 | 震災から想うこと
3月15日朝目覚めるとラジオをつけた。

昨日一昨日の福島原発の水素爆発どころでない爆発が2.4号機であり、すでに大量の放射能を放出してるニュースを聴いた。    ガタガタと震えが止まらなくなった。

前日に・・・
友人の中にはすでに子供たちを遠方に避難させている人もいると聞いていた。
非難できる場所がある人はすでに動いていると・・・
人は人だしと思いながらも内心穏やかではなく、ここに留まってていいのだろうか・・・確かに目に見えない放射能の影響は不安で仕方がない・・・だけど、どこに行けばいいの?いつまで離れていれば大丈夫なの?仙台もやっぱり危険?私は子供を守れるの?仕事は?ガソリン手に入らないし・・・周りは原発どころじゃないのに・・・自分の子供だけ・・・これは運命なの?仙台に生まれ育った運命・・・向き合うべきではないの?
様々な思いが交錯したけれど、私ひとりではなんの結論も出せず、というより出せる訳がなく流れに身をまかせるしかないと考えた矢先だった。
だから私は目覚めのラジオからのニュースを聴くまでは、仙台を離れるつもりなど全くなかった。
しかし・・・直感+使命感のような感情が湧き、とにかく子供を守らなければ・・・どこか遠くに避難させなければ・・・その一心にとりつかれた。
前日にあんなに悩み結局私ひとりではどうすることもできないと悟ったはずなのに・・・
もう別人の私が存在していた。
逃げるのではない子供を守るのだ!行ける場所がある人はそこに・・・行ける場所がなくともなんとか探してでも放射能から離れた方がいい!そんな声が聞こえたような気がして行動を起こすこととなった。
だからと言ってその声は半信半疑で人に自信を持ってあなたもそうすべきと言えるものではなかった。
皆そうであるように自分の直感、信念に従うしかないのだろうし、また色々なしがらみもあって動きたくても動けない人もいるだろう・・・
でも、私は動ける。動けるのに動かないのは怠慢なようにも思えた。

私たちが行ける場所は夫の実家のある大阪だった。
実は夫とは不仲であり、夫の実家や親せきたちとも疎遠にしていたが、私の感情など関係がなかった。
私は何も悪くはないけれど、子供の為なら頭を下げよう・・・
最大の問題はひとつ・・・
私のワンボックス車にはガソリンが20Lほどしか入っていなかった。
実家に頼んでみよう・・・だめなら強硬突破だ!きっと世の中捨てたもんじゃないガス欠になっても何とかなるような気がした。
両親とは価値観が違う為、よく意見が食い違い喧嘩のようになることもしばしばである。
なので、相談を持ちかけることもない。
自分の考えを伝えるも・・・では、避難できず留まることしかできない子供たちはどうなるのか?
周りの人たちはどうなるのか?自分さえよければそれでいいのか?車なくて私たちの仕事は?と理解は示してもらえず平行線だった。
やっぱり強行突破か・・・ぐずぐずしてる時間はなかったから、「では、自分の車で行ってきます」と席を立ち出かける準備をしていると父が母に車貸してやれとの一言。
父の一言のおかげでほぼ満タン車を借りれることになった。
両親の車にはナビはなく・・・私は東日本の地図しか持っていなかった。
後から振り返るとぞっとする出来事だったけれど、その時はきっとものすごいアドレナリンが出ていたのだろうと思う。自分の行動が正しかったから神様が守ってくれ導いてくれたのだと思っている。
途中で休みつつ、道を間違え名古屋まで行きつつも丸1日近くかかり大阪の義弟宅に着いたのだった。
今までで一番長い日だった。
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by roudoudou | 2011-06-02 15:40 | 震災から想うこと
今私は大阪にいます。
昨夜遅くにまた大きな地震が東北をおそいました。

神様はどうしてこんなに試練を与えるのでしょう・・・
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by roudoudou | 2011-04-08 11:49 | 震災から想うこと